海や、山や、生き物達の声だけが呼応する

時の流れさえ歩みを止めるような

美しい自然が支配する漁村の原風景

 

 

大阪・名古屋から車で約3時間
三重県南部の熊野灘に面した水産と林業のまち 尾鷲市

年間降雨量が東京の2.5倍という日本屈指の豪雨地帯でありながら、日照時間は東京より長い。代わりに一度雨が降り出すと飴玉に例えられるほど大きな雨粒が上からも下からも滝のように降り注ぐ "尾鷲雨" が特徴。

多量の雨と急峻で痩せた土壌の山林では昔より林業が盛んで、その生育の悪さを逆手に取ってゆっくりと育てられた "尾鷲ヒノキ" は強度が高く、均一に詰まった木目は緻密で美しい。平成29年には、その独自の伝統的技術が評価されて日本農業遺産第一号に選定された。

逆に、このあたり一帯に広がるリアス式と呼ばれる険しくも美しい入り組んだ海岸線には山々から滲み出た豊富な栄養分によって豊かな漁場が形成され、全国的に見ても多彩な魚種が水揚げされる。中でも "ブリ" は主要産地の一つに挙げられる。

 

そんな尾鷲の最南端に位置する 梶賀町

市街地から車で25分。暗いトンネルを抜けた先に広がる美しい海原と共に梶賀町は姿を現わす。立ち並ぶ山々と黒潮流れる豊かな海の隙間にほっそりと築き上げられた100棟ばかりの家々には150人前後人々が生活する。

"すり鉢の底"

ここは昔、他町からそう揶揄されたほど急勾配の山々に囲まれる。その限られた土地を有効に使うため、山肌にへばり付くように密集した小さな集落には病院も無ければ商店すら無い。しかし、町の人は皆それぞれが個々と言ってもいいほどの個性に溢れた "町での役割" を持つ。例えば、庭木の剪定をその役割を持った人に頼むと、そのお礼として得意な自家製 干物や夕食を手渡すのだ。

お金のやりとりではない、より純粋なやりとりが根付くこの町では、皆で皆を助け合い、強く・たくましく "豊かな" 生活を送る。

産 業

大敷網漁(大型定置網漁)を基盤とする町の仕組みが現代にまで根付く"純"漁村である。漁師が毎朝持ち帰る海の恵みを使い、町内では"梶賀のあぶり"や干物・サンマのかんぴんたん(丸干し)等の加工品が昔と変わらない製法で生み出される。

祭 り

毎年、成人の日には梶賀町の奇祭 "ハラソ祭り" が行われる。

江戸時代までこの地で盛んに行われていた古式捕鯨を今に伝える祭りで、町を飢饉が襲うたびに梶賀浦に現れて住民を救ったクジラに感謝と供養をする。

"ハラソ船"と呼ぶ、十数旗もの大漁旗を付けて船体も色とりどりに彩られた和船に赤装束に身を包み隈取り化粧を施した町の男たちが乗り込み

『ハラソ〜ハラソ〜』

その独特の掛け声と共に八丁櫓を操る古式の漕法や、しのび銛 (もり) を打って突き取るという古法に基づいた捕鯨の様子を再現。氏神をはじめ、浦の神々に捧げる。

また、町の中ではこの地域の祭事では恒例の "餅まき" や地元中学生による演舞も披露され、さらに梶賀婦人会が魚ご飯・ぜんざいを振る舞う。

町の出身者や観光客も多数訪れ、"ハラソ船"がよく見える市場には変わった祭りを写真に収めようと奮起するカメラマンで溢れかえる。小さな漁師町はこの日、年一番の賑わいを見せるのだ。